プライベート ブラウン・シュガー(とと子&レーネリレー小説企画)
宇宙ターミナル、貨物船の中にて。
私は今、殺人犯に脅されて故郷の星を追われている。
殺人犯は、私には到底似合わないふわふわでキラキラな服を着て、冷たい刃物を私の首元に突きつけながらこちらにもたれかかるように眠っている、ように見える。
どうせ私が暴れ出したら、その刃物は寸分の狂いなく私の喉を掻っ切るのだろう。そんな想像をして、つい乾いた笑いが出てしまった。幸いにも殺人犯は動かない。
……ああ、なんでこうなっちゃったのかなぁ。
考えても仕方の無いことを考えているうちに、貨物船が動き出す音が聞こえた。ゆっくりとした振動が、床に触れている脚から頭を伝って、心地よいリズムを形成する。
……人間、緊張が度を過ぎると疲れて眠くなってしまうらしい。
貨物船のリズムに身を預けてしまえば、私の意識は貨物船の中をたゆたいながら、今までの事をぼんやりとリフレインし始めた。
私は昔から、自分の茶髪が嫌いだった。
染めている訳でもないのに、砂糖を焦がしたみたいな中途半端な色。
友達は今どきの流行りで緑や赤に染めてるっていうのに、私の方はといえば、親に何度抗議した所で、返ってくるのは『学校を卒業するまではダメ』の一点張り。
お陰様で街では浮いて仕方がない。
同年代の子たちよりちょっと背が高いのも災いして、知らない人からは変な目で見られるわ、友達からは『広告塔』やら『待ち合わせ場所』やら変なあだ名を付けられるわ、いままで本当にロクな事が無かった。
せめて他の人と同じ色に染めてさえいれば、こんな事にはならなかったのに。
ーーーそう、あの日もそうだった。
その日も私は、他人の視線を避けるように軽く猫背になって歩いていた。実際にどうだったかはともかく、少なくとも私は目立たないように努力していたのだ。
駅ビルのショーウィンドウに自分の姿が映る。垢抜けない髪色に、縮こまった背中。それがどうにも情けなくて、足早にその場を離れようと思ったその時、耳をつんざく音がその場を支配した。
……女性の悲鳴だった。
すぐにけたたましいサイレンと共に、警備用ロボットの大群が押し寄せてくる。周りの人々はロボットたちが集まってくる前に逃げて行ったが、私は取り残されてしまった。
生来の鈍臭さを呪いながらロボットに揉まれていると、背後で爆発音が響く。
私はそこで、何があったのかと振り向いてしまった。何ができる訳でもないのに。
ロボットの頭の上から見えてしまったのは、ロボットたちを吹き飛ばしている小さな女の子と、血溜まりに倒れる女性だった。
小さな女の子と目が合う。女の子の瞳が輝いた気がして、綺麗だな、と場違いな感想を抱いた。
女の子はそのままロボットを蹴散らしながら私とは別の方向へと逃げていく。ロボットたちはそちらの方に向かうみたいで、私の前にはうっすらと道ができた。そこを通る形で走る。
遅れてきた恐怖に急かされるように人混みに入ると、やがて恐怖心が薄らいできて早歩きから歩きに、そして立ち止まって呼吸を整える余裕ができてきた。
1度深呼吸をして、私は見たことを忘れようとする。脳裏にチラつく瞳の輝きには、見ないフリをした。
いつもの調子を取り戻した私は家路に戻るために歩き出す。
私に向いていた視線には、最後まで気が付かなかった。
駅前の繁華街を抜け、住宅地まで来ると、人通りも少なくなってくる。
普段は人目を気にしないで済むことに安心できるのだが、さっきの事があったからか、少しうら寂しく感じた。
鳥の声が、人のいない通りに響き渡る。
薄ら寒い思いがして、すぐに帰ろうとしたその時。
「ねぇ」
後ろから声がした。
咄嗟に振り向く。
それに驚いたのか、ばっ、と鳥が一斉に飛び立った。
後ろには誰もいない。
気のせいか、と思い安心した私は。
油断したところを、背後から殴られて、気絶した。
耳元で水音がしたような気がして、私は目を開く。
視界全面に満面の笑みを浮かべた女の子の顔が見えて、驚いた私は飛びのこうとしたが動けない。そこでようやく手足を縛られていることに気がついた。
猿轡を噛まされて悲鳴をあげることも出来ない私に、女の子はキラキラした目で話しかける。
「あ、起きたんだぁ!」
なにをしたの。
そう言おうとして、もごもごと声をあげる私に、女の子は刃物を突きつけた。
「だめだよぉ、喋ったりしたら。殺さなきゃいけなくなるからねぇ」
その言葉は穏やかだったが、言いようのない鋭さ、冗談には聞こえない重さを感じて、私は押し黙るしかなかった。
それを見て満足そうに頷いた彼女は、刃物を引いて、
「でもぉ、それだと私の気持ちとか分かんないし、ちょっとだけ説明してあげちゃおうかなぁ」
といいながら、刃物をクルクルと回しながら話し始めた。
「まずさぁ、見ちゃったよね、私の事」
そう言われて冷静に女の子のことを見る。何処かのブランドだろうか、私には似合わなさそうなふわふわの服を着て、ふんわりとした金髪はツインテールに、髪と同じ色の瞳をキラキラと輝かせて、こちらを見ている。
私は頷いた。
たしかに私はこの子を見た。あの、ロボットたちの大群の中で。
「そうだよねぇ。見ちゃったよねぇ。」
彼女は残念そうにため息をついた。
「見られたら殺すようにって、上からは言われてるんだよねぇ」
そう言って刃物を突きつけるが、その先端はやる気が無さそうにクルクルと円を描いている。
「でもぉ、私、気に入っちゃったんだよねぇ、貴女の茶色の髪。カラメルみたいな甘ーい色の、その髪の毛」
彼女は刃物で私の頭を指す。
「人混みの中でも絶対に見失わない、貴女の個性。一目惚れしちゃったの、私」
そう言うと金色の瞳が近づいてきて、私の頬に彼女の唇が触れる。
水音がした。
彼女はそのまま、耳元で続ける。
「だからぁ、貴女をお持ち帰りして、逃げよっかなぁって」
そう言うと金髪の少女は、私の猿轡と拘束を刃物で切り裂いた。
「どういうこーーー」
最後まで言わせてはくれなかった。彼女は刃物を私の口元に付けて、
「どう?私と一緒に逃げてくれるなら、命の保証はしてあげる」
と囁いた。
有り体に言って脅しだ。目撃者の中から1番目立つ私を連れて人質にする、そう言っているのだ。
でも、言う通りにしなければ殺される。それは嫌だ。
私は頷くしかなかった。
彼女は嬉しそうにその金色の瞳を輝かせて、
「良かったぁ、嬉しいな!じゃあ、貨物船に忍び込むルートを知っているから、一緒に来て?」
と、私の手を引いたのだった。