東京午前2時
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12時間前
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麦茶ラテ
1人目
「我慢の限界って言葉があるよな」
男は唇の端にかすかに笑みを浮かべて語り出した。
「限界があるってことはよ、もちろんその限界に至るまでに幾らかの許容量があるってことだよな。外世界からお前にもたらされる不条理、非合理、無感覚やらが我慢というコップに遠慮なしに注がれていく。そう、こいつは厄介なことに直通なのさ。待ったなしだ。ダイレクトに注ぎ込まれる。『いやちょっとあなた様にこれからひとつ迷惑てえものをかけさせていただこうと思うんですが大事ありませんかね』なんてもちろん誰も断っちゃくれない。そんなものを事前に取捨選択できればいくらか楽なんだろうか。わからんがね。まあとにかく、そのコップってものは俺にだってもちろん備わっている。しかし問題はだ」
男はそこで言葉を切り、右手に持っていたナイフを自身の顔の前にやり、隅から隅まで点検した。
登山用のサバイバルナイフはもちろん点検するまでもなく、充分に致死性のある刃渡と切れ味を保持していた。手入れは男の日課なのだ。刃こぼれもシミもない。
「そのコップだよ」
男はナイフを目の前の気の毒な女に向かって振り下ろした。ナイフは女の手の甲を貫いた。温かく鮮やかな血がリノリウムの床に丸く広がった。
「そいつが恐ろしくささやかな代物だってことだ」
言い終わると男は用意してあったカバンから新たなサバイバルナイフ—もちろん手入れ済みだ—を取り出した。