ノートが…
一旦 ビデオを止めて黒いノートを手に取り開こうとするが…映像の中では見えざる手によって軽快にめくられていたページは糊で接着…。
いや、溶接でもされたかのように開かない。
ため息をついて私は再びビデオの映像を見る事にした。
『ある日、白兎は…』『ハートの女王の命令で……の胴体から転げ落ちた首は…』
『…は炎に包まれ。』『クラブのエースを手に持ち…』。
猛烈な勢いでパラパラとめくれるページの内容を速度を落として何とか読もうと試みる。
(首無し死体の側にはハートのクイーンがあった。"炎に包まれた"…これは焼死の事だろう。クラブのエース…棍棒だろうか?)
まき戻して、もう1度最初から見直す。
パラパラとめくれていくページ…スラスラと流れていく文字…途切れ途切れの断片的な情報…。挿絵の白兎と私の目が合う…。わら…た…?
くすくすという笑い声、くらくらとした眩暈、ぐるぐると回る世界。
時計はチクタクと時を刻み、闇は黒々としいて、天地はぐるりと ひっくり返った。
眩暈が収まったとき、そこはもう寝室ではなかった。
一面の焼け野原。空には巨大な「ハートのクイーン」が月のように浮かび、不気味な赤色で地上を照らしている。
「おや、読書家さん。ずいぶん熱心に予習をしていたね」
声の主は、大きなシルクハットを被った男だった。彼の傍らには、ビデオ映像で笑ったあの白兎が、血に汚れた時計を持って立っている。
足元を見ると、地面だと思っていたものはすべて、あの黒いノートのページだった。
「…ここは?」
「君の想像力の終着駅さ。あるいは、書きかけのゴミ捨て場」
頬をつねりながら辺りを見渡せば風邪をひいた時に見る夢のような風景だ。
「随分と悪趣味な仕掛け絵本だな」
煙草を取り出し口にくわえると白兎が駆け寄って来てジッポに火をつけて差し出してくる。
「…ありがと」
困惑・不安・恐怖…内面を見透かされないように、それらを飲み下して自然体を心がける。
紫煙をゆっくりと くゆらせ、紫色の空へと吐き出す。
「で?アンタは誰なんだ?」
「私には千の名と千の貌があってね…。次があったら名乗らせて貰うよ。他に質問は?」
「…私の寝室に行くには、どっちに行けばいいんだ?」
「終わりまでいけば、めでたしめでたしさ。案内役もいる」
白兎が笑顔で握手を求めて来る。無視。
「終わりっていうのは?」
「知らんのかね。ページが無くなれば終わりさ。一巻の終わり。2巻は無し。生きて出られたら命はある。さあ夢幻の世界でも時間と正気は有限だ。頑張りたまえ」
男は溶けて消え、私は兎と残される。鉄サビ臭い湿り気を帯びた生暖かい風は、嵐の前兆のよう思える。
「ぐずぐず してられないな…」
ぐずぐずと足に絡みつく泥濘(でいねい)の焦土を私は歩き出した。