宝箱
アレッサンドラ地方では大都市であるトログーレの冒険者ギルドで耳にした、財宝が眠っているといわれる洞窟の情報。眉唾物ではないかと何度も思ったが、最近碌な仕事もなく手持ちの硬貨も底を尽き掛けていたマルティンは、正に藁にもすがる思いで洞窟までやって来た。
行く手を遮る魔物や罠を乗り越え、金目の物だけを求めて奥へ奥へと進んでいく。
そうして最奥までたどり着くと開けた広間が現れ、その中心部には金で縁取りされ宝石が散りばめられた宝箱が鎮座していた。
警戒も忘れマルティンが飛びつき蓋を開ければ、次の瞬間には彼の意識は暗闇へと飲み込まれてしまう。
マルティンが目を覚ましたとき、そこは洞窟の奥ではなかった。天井には繊細な刺繍が施された天蓋が広がり、空気には甘く濃密な香りが漂っていた。絹の寝台に横たわる彼の身体には、見慣れぬ柔らかな布が掛けられていた。肌に触れるたび、どこか官能的な記憶をくすぐるような感触があった。
「目覚めたのね、旅人」
帳の向こうから現れたのは、艶やかな黒髪を持つ女だった。その瞳は深い湖のように静かで、どこか懐かしさを感じさせる。彼女はマルティンの名を呼び、まるで旧知の仲のように微笑んだ。
「あなたが開けた宝箱は、ただの箱ではないの。選ばれた者だけが辿り着ける“記憶の間”への鍵だったのよ」
マルティンは混乱しながらも、彼女の言葉に耳を傾けた。彼女は語る。かつてこの洞窟を訪れた者たちの末路、そしてマルティン自身が過去にこの場所に関わっていた可能性――記憶の断片が、彼の中で少しずつ形を取り始める。
ふと視線を寝台の脇に移すと、銀の盆が目に入った。そこには、香油の小瓶、絹の紐、そして用途の分からない奇妙な形状の器具が並べられていた。どれも手入れが行き届いており、まるで儀式の道具のような気配を漂わせている。だが、その艶やかな質感と配置には、どこか意図的な誘惑が感じられた。
マルティンはそれらに触れることなく、ただ視線を逸らした。だが、女の微笑は深まり、彼の反応を楽しんでいるようにも見えた。
マルティンの視線を逸らす様子に、女は静かに首を振った。
「その様子では、まだ何も思い出していないようね。いいわ、時間をかけましょう」
女はそう言うと、銀の盆から奇妙な形状の器具を手に取った。
棒状の器具は先端がやや折れ曲がって鈍く尖った形をしている。
「いいね。それはどういう道具なんだい?」
マルティンは、これはさしずめ夢に相違ないと判断し、自分の夢の中の役割を気障なタフガイとして定義した。
「アレッサンドラの北辺、スラートクの民には奇妙な風習がある。」
彼女はゆっくりと器具の棒状部分をその細い指でつつ……と撫でる。爪に塗られた朱が白い肌、黒い髪から浮かび上がるようだ。
「彼らは仲間を弔う時、この器具で鼻から脳を掻きだした後に死体を乾いた砂に埋め、乾燥させるのよ。」
官能的な雰囲気から一転、何やら恐怖映画めいた展開にマルティンは狼狽する。
「は、ハハ、きみ、博学なんだね。ひょっとすると、『どういう風に使うつもりか』を聞いた方が良かったかな?」
「ふふ、本来の用途で使って欲しいのかしら?」
「まさか。」
女は曖昧な笑みを浮かべ、ひゅっと棒を振るった。
「それじゃあ、彼らも知らないこの棒の使い方を教えてあげるわ。うつぶせに寝転がりなさい。」
期待とともに寝転がったマルティンの首筋を女の左手が這うように撫でる。右手はさっきの棒を持ったままだ。手は肩をにじり這い、じとりと汗を浮かべ始めるマルティンの背を通過し、脇腹、腰へとたっぷりと時間をかけて進んでいく。
「ハニー。君のことは全く思い出せないが、君のこれを忘れることができるとは思えないな。」
女は答えず、彼の陰茎の根元を二本の指で挟むように下腹部をつかむと、そのまま上に力を加える。マルティンは全く抵抗する気も起きず、尻を突き上げる形で脱力した。
ずぬ
「……!」
半ば予想はしていたが、先程の器具の先端らしき感触がマルティンの肛門を犯し、侵した。
「ふふ、驚いた顔ね。これはあなたの記憶を呼び覚ますための儀式なの。もう一度、思い出させてあげるわ」
女はマルティンの背中に身を寄せ、棒をさらに奥へと押し込む。マルティンの身体は痙攣し、熱い波が全身を駆け巡った。それは快楽とも苦痛ともつかない、未体験の感覚だった。棒が動くたびに、脳裏に古い映像がフラッシュバックする。
男たちは褌一丁の姿で輪になり、中央の小さな宝箱を見下ろしていた。箱は古びて錆びていたが、表面に刻まれた精緻な文様からはかつての栄華がうかがえた。
「見ろよ、こいつは珍品だぜ」と髭面の男が下卑た声で言った。
「ああ、こりゃあ相当な値がつくな」
黒人の男が答える。彼らの目は欲望に満ちていた。
彼等はこの宝を目当てにこの島に侵入した略奪者たちのようだ。
「お頭ぁ…あの箱からなんか出てねぇか?」
若い男が震え声で指差した。箱の隙間から、虹色の靄のようなものが漂い出ている。最初は皆、酒のせいで見える幻覚だと思っていたが、次第にそれは濃くなり部屋全体を覆い始めた。
まるで生き物のように蠢く靄は、彼らの意識を直接侵食していく。
「くそっ…なんだこれは…」
リーダー格の髭面の男が頭を抱えた。他の男達も同様にうめき声を上げながら地面に膝をつく。