勘違い

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1人目

俺たちは案内された席に座り、メニューを広げた。だが、どうにも落ち着かない。店内のギラついた視線が、まるで俺たちを値踏みしているようだ。
「草太、もしかして、あの客たちって…」
凛一が小声で俺に耳打ちする。
「まさか、ファンとか…?」
「ファンなわけないだろ!」
俺は即座に否定した。俺たちはただの高校生だ。有名人でも何でもない。だが、その視線は俺たちに突き刺さり続ける。
近くの席に座っている男性が俺をジロジロと見て、それから口を開いた。
「君たち、もしかして…」
男性はそう言うと、俺たちの顔をまじまじと見つめる。そして、その顔が、まるで何か重大な秘密を発見したような、驚きと興奮に満ちた表情に変わった。
「…もしかして、『フルーツパフェ大食いチャレンジ!』で優勝した、YouTuberのブラックバードと秋島ボングンじゃないか!?」
俺と凛一は、顔を見合わせて固まった。俺たちは、全く見当違いな人物に間違えられているようだ。

2人目

「ち、違います!」
俺は反射的にそう否定した。
「俺たちはブラックバードでも秋島ボングンでもありません。ただの…普通の高校生です!」
男性は目を丸くし、それから大声で笑い出した。
「ハハハ! 謙遜してるのかい!? 面白い! いや、変装までして食事に来てるのだから、正体を隠したいのは分かるよ! でも、その目力は隠せないな、ブラックバード君!」
近くにいた女性客も声を上げた。
「そうよ! 特にボングン君、あの挑戦的な目つき、まさしくパフェを前にした時と同じだわ!」
(俺の目つきはそんなに挑戦的なのか!?)と内心で叫ぶ俺。凛一も戸惑いつつ、状況についていけていない。

3人目

「このままずっとこの店にいるのは、難しいな……」

「そうだな。お店を出て行くか……」
草太と凛一お互いに頷くと逃げるかのようにお店を出て行った。後ろから追いかけてくる人間がいないかどうか確認しながら走っていた。

「はあはあ……ここまでくれば、大丈夫だろう。それにしても、災難だったな。まさか、YouTuberに間違えられるなんてな……」

「ああ……ほ、本当に……びっくりだよ……」
二人は息を整えていた。しばらく休憩していると、目の前に大きな黒い車が近付いてきていた。

「な、なんか、黒い車が近付いてきているな……えっ!?な、なんだなんだ……」

「ちょっ……今度はなんなんだよ。」
二人は目の前に大きな黒い車が止まり、驚いていた。

「お前たちは、YouTuberのブラックバードと秋島ボングンだな?」
マスクを被った大男が数人降りてきて、声をかけてきた。

「またかよ。さっきも言われたけど、別人だって、俺たちは普通の高校生だよ」

「ふざけるな。痛い目にあいたくなければ、正直に認めろ……」

「ピ、ピストル!?えっ!?ほ、本物!?」
二人は、ピストルを突きつけられて、動けなくなっていた。

4人目

単なる大食いYouTuberがどうして命まで狙われなくてはいけないのだろうか。
世界的に知られている大物ならまだしも、そんな二人組の名前など聞いたこともなかった。
「ちょっと待ってください。そのYouTuberのページかSNSを見れば別人だとわかるのでは?俺は今スマホに触れていないから動画投稿も書き込みも出来ないでしょう?」

5人目

「お兄ちゃんら、こっちゃあね、ハジキ抜いてしもうとるんですわ。今更人違いやったとして、えろうすいまへん、お元気でーてなもんで返すわけにはいかへんやろ?」

助手席にどっかりと座り込んだ男が、爬虫類めいた目つきで二人を睨め付ける。男たちは、問答は終わりだとばかりに二人を乱暴にワゴンの座席に押し込めると、そのまま車を発進させてしまった。俺達は震えあがり、きょろきょろと見回すが、スモーク張りの車内の屈強な男たちは、威圧的な視線を返すだけだ。
俺は震える声で再度主張する。
「本当なんです。僕たち、Youtuberなんかじゃないです。ボ、ボングン?とか、な、名前も今日初めて聞いたばかりで」

「そら災難やったな……お。おい、おいおい、お前、ホンマにこいつらタダのジャリやぞ。ブラックバードが緊急生ライブとやらをやっとる」

爬虫類男が楽し気に運転席の男に話しかける。運転席の男はうっとうしそうに横目で爬虫類男の差し出す画面を見た。

「ホタカさん。ジブン、運転中なんで」

「おもんないやつやなあ……。おいジャリ、名前なんや?」

爬虫類男は振り返り、まるで気のいい親戚の小父さんのような笑顔を見せながらそう聞いてくる。

6人目

「草太と凛一です」と、俺はできるだけ落ち着いた声で答えた。
爬虫類男は「ふーん、草太と凛一か。ええ名前やんか」と気の抜けた調子で言いながらタバコを取り出し火をつけた。車内がたちまち煙で満たされる。
「で、だ。草太、凛一。悪いがな、もう引き返せへんのや」
男は紫煙を吐き出しながら、俺たちを値踏みするような視線を送る。
「うちの組はYouTuberの案件を、組長直々に動いて、それもハジキまで抜いて片付けようとしとった。それが人違いで無関係の高校生を拉致した、となるとどうなるか分かるか?うちの組はえらいことになるで」
それからしばらくの間をおいて話し始める。
「なあ、草太、凛一。お前ら運がええのか悪いのか、分からんな。このまま放り出しても、お前らが警察に駆け込むのは目に見えとる。いや、もう既に何人もの目撃者が通報しとる。マスコミは子供の拉致事件で大騒ぎや。せやけど、組の都合で人違いを認めへんっちゅうんは、お前らにとってはある意味、 優位に立てるってことや」
「優位に?」
凛一が戸惑いの声を上げた。
「そうや。お前らは被害者や。しかも組の大失態の証人や。組はお前らを敵に回したくない。だからな、お前らが『ブラックバードとボングン』を演じる代わりに、何か要求してもええんやで」
この人は何を言ってるのだろう。少し調べれば別人と分かるような状況で完璧になりきるのは無理な話だ。
YouTuberを片付けるために組が動いているわりに何もかもがずさんすぎる。彼等がYouTubeや配信者について理解をしているかも怪しい。

7人目

「ナンも難しい事あらへん。コイツらはなんや?大食い選手やろ?つまり大食い大会に出ろゆうこっちゃ」

爬虫類男はタブレットを操作する。

「ある大会があるねん。カジノ合法化の波に乗って、ショービジネスを賭けの対象にしよ言う奴がおってな、大食い大会なんぞいうのにアホみたいな掛金が動く舞台が整ってしもたんや。ウチのお父貴も一枚噛んでてなア、お行儀よく胴元やって稼ぐだけでも良かったんやけど、ほら、どうせならガッポリ行きたいやろ?そこで、まあ、こないだの大会で一番人気間違いなしの『お二人さん』に声をかけたんや」

タブレットにはカジノの煌びやかな写真に、「10月5日大食い大会ショー!優勝賞金100万円!」の文字が躍る。

「アイツ等も『わかりましたー』ゆうとったんやけどなァ。ヤクザとは手を切れと事務所に言われたとかなんとか」

爬虫類男の声に、運転席の男が呆れたような声を出す。

「あいつ等、俺達より事務所のオッサンの方が怖いと思っていたとは、ですね」

「せやねん。あいつ等を然るべきところに沈めるのはマァ当然として、賭けで儲けるのはまだ諦めてへん。なに、勝てゆう話やない。ええ感じに食って負けろゆう話や。おなか一杯パフェ食って、お駄賃貰って帰るだけや。嬉しいやろうが、草太、凛一」

8人目

「いやもうどう考えてもバレるでしょう…。大食いなんてしたこともない一般人が参加した所で食べられる量は分かりきっているし、インタビューでもされたら絶対ボロが出ますよ。そちらの組が根回しする、にしても動画を見ている熱心なファンならすぐに違和感に気づきますよ」
凛一も続ける。
「もう既にこの拉致が警察沙汰になっているんなら俺達にそっくりなYouTuberとやらにも話が行ってると思いますよ…」
車内のテレビでは早速、ワイドショーのコメンテーターが「ある2人組に間違えられて誘拐されたのではないか」と熱弁していた。別のチャンネルではブラックバード本人が会見を始めている始末だ。
車内のテレビに映るワイドショーの映像はどんどん話が脱線していく。
「ええ、しかし今回の誘拐事件、私はどうにも腑に落ちない。なぜ、あの人気YouTuber『ブラックバード』が狙われたのか。単なる身代金目的ではなさそうだ。あの二人のチャンネルは、日本の食糧事情、ひいては国家の食料安全保障に関わるような機密をそのユーモラスな動画の裏で掴んでいたのではないか?」
「つまりはあの動画でやっている大食い、というのは日本の食に対するメッセージだったと?」
「そうです。一般視聴者には単なる大食いの動画に思えますがね」
爬虫類男はついにテレビを消してしまう。
「ハッ、国家の安全保障ときたか。アホくさ。ヤクザのシノギが国を揺るがす陰謀ですか、そうですか」