男性アイドル失踪事件

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1人目

ある男性アイドルが失踪した。
彼の名前は間宮 結(まみや ゆう)

私の推しである。

5人組アイドルグループのセンターだ。

優しくていわゆる王道系アイドルである彼が数日前から失踪した。

……らしい。

これは一大事だ!
推しが!失踪した!!訳がわからないっ!!!

私の命よりもいや、生きるために必要な推しが失踪?!

は?

何の冗談ですか?神様っ!

2人目

結が失踪してから数日後、世間は彼の話題で持ちきりだった。だが、彼の所属事務所は沈黙を守り、メンバーたちも口を閉ざしたままだった。まるで、結の存在そのものが最初からなかったかのように扱われている。

数日後、その扱いはより徹底された。まず、公式ホームページから彼のプロフィールが削除された。写真はもちろん、名前も経歴も、すべてが消え去った。次に、過去のライブ映像やバラエティ番組のアーカイブから、結が映っている部分がカットされ始めた。それはまるで、かつてそこに存在したはずの結という人間を、事務所が徹底的に「なかったこと」にしているようだった。
マスコミもそれに追従した。週刊誌やワイドショーは、彼の失踪を追うのをやめ、代わりに彼の所属グループの「新体制」に関する話題を報じ始めた。街頭のビジョンに流れるグループのCMも、いつの間にか4人だけのものに差し替わっていた。彼のことを覚えているのは、熱心なファンくらいになっていた。

更にそれから一週間が経った。まるで巨大な消しゴムでさっと一拭きされたみたいに、間宮 結という男が世界から消えていった。もちろん、私たちファンにとっては消えてなんかない。心臓のど真ん中に、熱い炭火みたいにくすぶり続けている。だが、世間ときたらどうだ?

「新体制」だと?笑わせるな。五人組が急に四人組になって、何事もなかったかのようにヘラヘラ笑ってる彼らの顔を見てると、胃酸が逆流しそうになる。彼らはプロなんだ、わかってる。わかってるけど、結の抜けた穴が、まるでその場所に最初から何ひとつ存在しなかったかのように埋められているのを見ると、背筋に冷たい水が流れる。この世界が、お気に入りのジーンズについたちょっとしたシミを拭き取るみたいに、一人の人間をあっさり「なかったこと」にできる事実に、私は吐き気がした。

3人目

人が失踪するというのは事件だ。
自分の意志で引退したのとは違う。
仮に芸能界が嫌になって自分から姿を消したのだとしても、その後の仕事を全てドタキャンする事になるのだから大問題のはずだ。
それが、なぜか大した問題にもならずに存在だけが消されていた。

4人目

だが、一番恐ろしいのは、私自身だ。

夜中にふと目が覚めると、結の顔が思い出せない瞬間がある。彼の声は?笑い方は?思い出そうとすればするほど、記憶の輪郭が砂のように崩れていく。
慌てて飛び起き、部屋の隅に積まれた「結」が特集されていた古雑誌に手を伸ばす。
彼の顔を忘れるなんて、大ファンだった私にとっては正気の沙汰ではない。
私の生活の中心は、彼だったはずだ。
カレンダーの印、Twitterの通知、すべてが彼を中心に回っていた。
震える指で雑誌を開き、ページの真ん中に刷られた彼の顔…整った眉、少し垂れた目元、唇の端に浮かぶあどけない笑み—を、食い入るように見つめる。
「ああ、そうだ。これだ」
安堵が胸いっぱいに広がり、涙腺が緩む。
しかし雑誌を閉じ再び闇の中に結の顔を呼び出そうとすると、その輪郭はまたしても曖昧な「イケメン」という記号に成り下がってしまう…。