夜道
背中にまとわりつく気配を察し、留吉は足を止めた。
振り返る。誰も居ない。
榎の木陰に旋風が立ち、朽葉を宙に巻き上げていた。風が収まると、榎の幹には切り裂いたような大きな裂け目ができており何かが動いた気がした。
「なんじゃ…」
留吉は呟き、足を踏み出した。
だが、次の瞬間、背筋を走った悪寒に身を縮めた。
(…ただならぬ強烈な威圧感がある)
そう感じて辺りを見回す。
木々に囲まれた雑木林の中だ。鳥や獣の声はするが人の気配はない。
(まさか)
そう思った刹那、足元で枝を踏む音がした。反射的に振り向く。
そこに男が立っていた。黒い着流しをまとっている。顔は薄暗い中にあってなお青白く、目は虚ろだった。
「な、何者じゃ!」
驚きながらも留吉は身構えた。
キンっ!鋼と鋼がぶつかり合う甲高い音。いくつもの風切り音。
数合の打ち合い。互いに飛び退き間合いが開く…。
「…"天武 真陰流 刀剣術”指南役。思ったより楽しめそうだ」
留吉の頬に一筋の赤い線が走り、ヌルリと血が伝う。
黙って刀を正眼に構えると、留吉はゆっくりと息を吸い…吐く。
背中の嫌な汗が引いていき、感覚が研ぎ澄まされていく。
空っ風が木の葉を巻き上げ。互いに にらみ合い…彫像のように動かず…相手を観察する。
衣擦れの音、何の気負いも無く…着流しの男の右手が留吉へと向けられ…。
「くっ!」(まただ!)
見えざる攻撃。その直後、棒手裏剣での追撃。
長い長い修練の果てに手に入れた五感を超えた感覚に従い、ぎりぎりの所でそれを捌きなら襲撃者へと肉薄す。
「おっと、あぶない あぶない!」
確かに捕らえたはずの相手の体は影となって霧散し…。
榎の枝に つかまるでもなく、男は無造作に地面と平行に幹に立っていた。
「…なるほど。貴公は"九頭竜(くずりゅう)必滅衆"か…」
「霧裂きの風牙(ふうが)。貴公は知り過ぎたのだ…」
「知り過ぎたと言うなら、ついでに その和妻(てづま)の種も教えて貰えんかね?」
「地獄の閻魔にでも聞くといい」
宵闇に包まれた雑木林。未だ風牙と名乗った男は無手。
正攻法ではジリ貧と判断した留吉は勝負に出る。
素早く納刀し、天武 真陰流 刀剣術による魔を討ち払う戦い方へと変える。