僧侶
山奥にある寺で、ある変化が起こっていた。
何人もの僧侶が手を合わせて一心不乱に経文を唱えている。彼等は既にトランス状態にあるようで、その表情は虚ろだ。異様なのはそれだけではない。直立して祈り続ける彼等の周囲を取り囲むように、無数の黒い影が立ち尽くしているのだ。
まるで影絵のように黒一色で塗り潰されたそれらは、人型のシルエットをしているが顔も体つきも判然としない。辛うじて手足らしきものが判別できる程度だった。
僧侶達の唱える読経の声が響く中、黒い影達が僧侶に絡みついていき、やがて一体となったかと思うと僧侶達の着ている法衣を消失させていく。
僧侶達は全裸となったが、それでも微動だにせず、ひたすらに祈り続けている。彼等の陰茎には金色のペニスケースに似た器具が装着されている。そのケースの表面に刻まれているのは複雑な模様や文字であり、それらが妖しく光を放っている。
そして、その輝きが増すごとに僧侶達の顔が苦悶に染まっていく。
僧侶たちの顔の苦悶が最高潮に達した瞬間、金色のペニスケースの輝きは眩い白へと変化した。その光はあまりにも強く、堂内に満ちていた無数の黒い影を一瞬で霧散させてしまう。
光が消えた後、あたりは絶対的な静寂に包まれた。読経の声も、うめき声も、全てが完全に止み、その場に残されたのは、微動だにせず直立する全裸の僧侶たちだけだった。
彼らの陰茎には、依然として金色の器具が装着されている。しかし、その輝きは失せ、鈍い黄金のくすみに変わっていた。表面の複雑な模様や文字も、ただの装飾に見えるほどに力を失っている。
静寂が堂内を支配する中、月光が寺の窓から差し込み、僧侶たちの裸体を淡く照らし出した。彼らの顔にはもはや苦悶の色はなく、まるで魂が抜け落ちたかのような穏やかな無表情が浮かんでいる。
かすかな振動が僧侶たちの足元から広がり、床に刻まれた古い曼荼羅の模様が一瞬だけ淡い光を放つ。
すると、僧侶たちの身体がゆっくりと浮き上がり、まるで重力を失ったかのように宙に漂い始めた。
誰も言葉を発しない。誰も動かない。
ただ、静寂の中で、僧侶たちの身体が徐々に透明になっていく。
やがて、彼らの姿は完全に消え、金色の器具だけが床にカランと落ち、鈍い音を立てた。寺の中には、ただ月光と沈黙だけが残された。
遠くの山で、夜鳥が一声鳴いた。その音は、まるで何かの終わりを告げるかのようだった。
小夜啼鳥の鳴き声は死を告げるという。
宵闇に包まれた寺の堂内は水を打ったように静まり返っていた。
宙に浮いた男達の身体は微動だにせず既に絶命しているようだった。
そして先程まで僧侶だった脱け殻達がドサリと床に叩きつけられる音が響き渡る。
これでもう全てが完了したのだ。
山を越えてきた若い旅の僧、禅林という男が、寺の裏手に野営を張っていた。彼は古い巡礼の途中で、この寺の存在を知り、夜半に水を求めて近づいたのだ。堂内の静寂に引き寄せられ、隙間から儀式の終わりを目撃した禅林は、息を飲んだ。
僧侶たちの裸体が浮かび上がり透明になっていく過程は、かつて彼が読んだ禁断の経典に記された通りだった。
だが、唐突にドサリと床に落ちる音が響いた。絶命した肉体が転がり、血の気のない顔が月光に照らされる。
玄翁は眉をひそめた。この矛盾は、儀式の核心を歪めるものだ。透明になって消えるはずの僧侶たちが、死体として残るなど、浄化の失敗を示唆している。
もしかすると、影の残滓が儀式を腐敗させたのか…?
禅林は寺に入っていく。