夏の出来事
「しめじがあったら良かったな。」
出来たてのビーフシチューの味見をしながら、
シゲルは独り言を言った。
でもまあ、上出来。
ご飯は炊けたし、サラダは出来合いのものが冷蔵庫に入っている。
あとは何だ?
時計を見ると7時を過ぎたところだ。
休日の朝は、妻のヒカルはゆっくり起きてくる。
まだ時間がありそうだ。
テーブルの上にはすでにケーキの箱と皿・フォークを置いておいた。
飲み会で夜中に帰ってきた筈の夫が、
豪華な朝食の用意をして待っている、という
サプライズバースデープレゼント。
シゲルは妻・ヒカルの反応をシュミレーションしながら、1つ1つチェックをしていった。
「あ、プレゼントのひまわりの花束は隠しておかなきゃだな。」
そう言ったあと、シゲルは固まった。
「花束・・・どこだっけ?」
昨夜はかなり酔っていたから記憶がおぼろげだ。
どこかに隠した記憶がないから、
その辺に堂々と置きっぱなしにしておいたのだろう。
玄関から昨日の足取りを辿って寝室まで行く。
寝室はヒカルが寝ているから、花束を持ち込むことはありえない。
シゲルはイヤな汗がかいて来た。
そう思いたくはないが、家に着くまでに落としてきてしまったに違いなかった。
(大丈夫、落ちつけ…慌ててもイイ事はない…)
こめかみをトントンと叩きながら、頭をフル回転させる。
(ヒマワリの花束の紛失 どう対処する?)
ここ最近、僕が仕事に忙殺されていた事でヒカルはストレスを貯めていた事だろう。
だからこそ最高の誕生日という約束は厳守しなけばならないし
ヒマワリの花束は その重要なピースで代用は きかない。
この時間では花屋は開いていない…必ず花束を見つけないと!
壁の時計を見る…。10時がタイムリミットだろう…。約3時間…ギリギリだ。
パジャマから外出着へ。手早く準備を整え 玄関のドアを…。
「ねえ?どこに行くの?」
背後から妻…ヒカルの声が聞こえてきて固まる。
「や、やあ!今日は休日だっていうのに、随分と早い お目覚めだね♪」
よくできた笑顔を顔に貼り付けて振り返ると廊下の壁に背中を預けて悠然とヒカルが立っていた。
「今日は楽しみにしてた 私の最高の誕生日ですもの」
彼女が小首を傾げると金色の髪が朝日を反射しながらサラリと流れ、そこから飛び出した猫耳がピクピクと動く。
人とは違う縦に割けた瞳孔を持った琥珀色の瞳が気だるげな…しかし、その奥に剣呑な雰囲気をたたえてシゲルを視界に捉えていた。
「ああ、今日は僕の愛する奥さんのバースデーだものな!ハッピー・バースデー ヒカル♪」
両手を軽く広げてスルリと近づき優しく抱きしめ いつものようにキスの雨を降らせると
ヒカルは喉をゴロゴロと鳴らし尻尾をシゲルに絡ませながら首を甘噛みをしてきた。
「ありがと…約束通り最高の誕生日になりそうだわ。
それで、急ぎの お・し・ご・とかしら?」
しどけなくシゲルに体重をかけ、彼の首筋を愛撫するヒカル。
ゾワりと全身の毛が逆立ち じんわりと汗が肌を湿らせる。
レオナール(獅子獣人)であるヒカルが怒りに任せて振舞えば只の人でしかないシゲルの体は…。
唇を舐め、ゴクリと唾を飲み込み口を開く。
「大した事じゃ無いんだ…」
声は かすれていて…息を吸い込んでから先を繋ぐ。
「君の誕生日に比べれば どうって事じゃ無いんだ。
ただ…そう…喉に刺さった小骨は取って置いた方がいいだろ?だから…」
「すぐ帰って来るんでしょ?だったら、まだ待てるわ。貴方は約束を破らないって信じてるから♪」
ウィンクをするヒカル。
「行ってくる…」
失敗が許されない使命を帯びてシゲルは家を出た…
シゲルは全力で走り出した。昨夜の記憶を必死に手繰り寄せる。駅前の居酒屋を出たときは確かにあった。タクシーの中か、それともコンビニに寄った時か。
「頼む、あってくれ…!」
駅前の交番に駆け込むと、そこには無造作に置かれた黄色い塊があった。
「それは僕のひまわりです!」
手続きを済ませ、ひまわりを抱えて家へと猛ダッシュする。タイムリミットまであと数分。
家につき勢いよくドアを開ける。
目の前にはヒカルが無表情で立っていた
(嘘だろ間に合わなかったのか)
シゲルの頭の中には最悪な展開が浮かんでいた。
「サ、サプラーイズ」
苦笑いを浮かべシゲルがそう言うとヒカルの顔が笑顔に変わった
「ありがとう、ちゃんと時間を守ってくれて今日は最高の誕生日だわ」
「もちろんだろ」
っとシゲルは言った