女教師、峰不二子。彼女に迫り来る魔の手
赴任当日、不二子は、グレースーツを着て、星華学園の高等部に足を踏み入れる。校長先生や職員室の教師達への、挨拶を済ませていく。新しく赴任してきて、歓迎されるかと思われたが、スーツ姿の不二子に鼻の下を伸ばす男性教師の姿を見て、嫉妬する女性教師達の姿があった。
不二子は、校長先生に案内されて、香織が担当していたクラス3年E組に案内される。
校長先生が、3年E組の教室に入り、教卓に立つと、「今日から退職された尾上香織先生の交代として、新しく担当してくださる先生を紹介します。どうぞ……」と言うと、不二子は扉を開けて、教室へと入っていく。
扉が開いた瞬間、教室の空気が一変した。
ヒールの音が、コツコツと静かに響く。グレースーツに身を包み、
細く引き締まった腰、美しく整えられた髪、涼しげな眼差し。
颯爽と教室に現れたその女性――峰不二子は、生徒たちの視線を一身に集めた。
男子生徒たちは一斉にざわつき、思わず姿勢を正す者すらいた。女子生徒の中には、
眉をひそめる者もいたが、それ以上に不二子の堂々とした雰囲気に圧倒されていた。
「はじめまして。今日からこのクラスの担当を務めさせていただきます、峰不二子です。
教科は現代文を受け持ちます。よろしくね、皆さん」
柔らかく、それでいて芯のある声。不二子は軽く笑みを浮かべながら、
まっすぐに生徒たちを見渡した。その立ち居振る舞いには隙がなく、
まるで一流の舞台女優のような存在感があった。
校長が気を利かせて一歩下がると、不二子は教卓に手を添えながら、
ふと意味ありげに視線を流した。
「元の担任の尾上先生は、とても熱心な先生だったそうね。その分、
比べられることもあるかもしれないけど……私は私のやり方でやらせてもらうわ」
生徒たちの中に、一人、目を細めて不二子を見つめる少女がいた。
古賀雪音――尾上香織を慕い、教師を信じていた少女。
だが、尾上が唐突に辞職して以来、心に影を落としていた。
(この人が……尾上先生の代わり……?)
不二子はそんな雪音の視線に気づいたのか、ふと微笑を向けると、
まるで何かを見透かすような瞳で囁いた。
「不安なことがあれば、何でも相談してちょうだい。先生、ちょっとだけ勘が鋭いの」
雪音は言葉を失った。
(この人……本当にただの先生なの……?)
教室の空気が静まり返ったその時、不二子は軽やかに話を締めくくった。
「それじゃあ……今日の授業、早速始めましょうか」
その微笑の裏に、果たしてどんな目的が隠されているのか。
“伝説の女怪盗”が、なぜ教育の場に姿を現したのか。
誰もまだ、その真意を知らなかった。
赴任初日の授業を終えた放課後、辺りは夕陽が沈みかけていた。不二子は、学園内の教室を覚えるため、散策していた。
「不二子先生、学園内を僕が案内しますよ」と男性教師に声をかけられるが、
「ありがとうございます。ですが、ゆっくり、一人で見てまわりたいので、お気持ちだけ受け取らせていただきますね」
と髪を捲り上げながら、返事をしていた。
不二子は、学園内を歩いていると、明かりがついている教室があった。そこは、不二子の担当の3年E組の教室だった。
教室を覗くと、一人の女子生徒が居残り勉強をしている姿が目に入る。
(あの子は、挨拶の時に、私のことをみつめていた古賀雪音だったわね。こんな、時間まで一人残って勉強だなんて、偉いわね)
不二子は、クスッと笑みを浮かべると、教室の中へと入っていく。
「もうすぐ日が暮れるから、区切りがついたら、帰りなさいね」と、不二子は帰宅するように促していた。
すると、雪音は顔を見上げて、
「はい。もう少しだけ、勉強したら帰ります」と返事をしていた。
しかし、少ししてから筆を動かす手が止まり、雪音は不二子の方を向きなおし、口を開く。
「不二子先生に質問したいことがあります」
雪音は、唐突に辞めた尾上に裏切られたと思ってしまっており、不二子に対して強い不信感を持っていた。
不二子は、机を向かい合わせに動かして、ゆっくり腰を下ろしていき、
「良いわよ。先生に答えられる質問なら、なんでも答えてあげるわ」
不二子は、頬杖をついて、笑みを浮かべていた。